「青汁」の名前の由来

目次
  1. なぜ「青汁」?
    1. 青汁の歴史
    2. 「青汁」と名付けたのは?
    3. 最初はケールの青汁だった
    4. やはりマズイ青汁は不評だった
    5. CMで一躍有名になった青汁
青汁といえば、あの苦い緑色の飲み物を連想しますよね。
今やもう当たり前になっている青汁ですが、よく考えてみると緑色の野菜から作られる緑色の飲み物ですよね?どうして「青汁」と呼ばれているのでしょうか。
青い飲み物を連想する人は恐らくいないでしょう。
実は奥深い青汁について、その歴史をもとに名前の由来を探ってみましょう。

なぜ「青汁」?

青汁の歴史

青汁の歴史をたどると、なんと千年以上に渡っています。
日本最古の医学書である「医心方」にも青汁が書かれていて、この医心方は平安時代の永観2年(984年)に丹波康頼により約3年かけて著されました。
古くから多くの人々に認識されていた栄養補給の飲み物なのです。
そんな歴史の長い青汁が一般的に広まる様になったのは戦前から戦後にかけてだと言われています。
戦時中の食糧不足により、飢餓に苦しむ人が増えていた状況で、どのようにすれば栄養を手軽に摂取できるかの課題に取り組む人がいました。

「青汁」と名付けたのは?

戦時の栄養不足を補うために様々な野菜の葉を混ぜ合わせた飲み物を作った人がいます。
岡山県出身の遠藤仁郎博士です。
遠藤博士は、飢えをしのぐために葉っぱを食べたところ体の調子が良くなったことに気づきました。
そこから野菜の葉には栄養があると注目して、普段捨ててしまうようなさつまいもの葉や大根の葉、野草を集めて特製の飲み物を作りました。
これを所属する仲間に配ったところ、栄養不足が補われて体の不調も良くなりました。
この飲み物は遠藤博士の奥様によって「青汁」と名付けられました。
なぜ青汁かというと、昔は野菜のことを「青菜」や「青物」と呼んでいたことから、野菜の汁=青物の汁=青汁となったのです。
また昔の人は緑色のことを「青色」とすることが多かったのもあります。
日本語の古語の名残で、色を示す日本語が、白・黒・赤・青の4色しかなかったのです。
そのため緑色をしている野菜でも青物とされていました。
日本の昔からある風潮が、知らずに今でも残っていて誰もが使っているというのは感慨深いことですよね。

最初はケールの青汁だった

戦後、遠藤博士は青汁の研究を進めました。
そこでもっとも栄養価に溢れているとしてケールにたどり着きます。
現在でもケールは緑黄色野菜の王様と呼ばれて高い栄養価を誇っていますが、その実力に気づいたのが遠藤博士でした。
なんとケールの栄養価をコップ1杯で十分摂取できるように、ケール100%の青汁を開発したのです。
その際に遠藤博士が考案した青汁健康法に基づく製造方法には2つの信条があります。
「青汁の原料となるケールは農薬や化学肥料で栽培したものでは駄目だ」 「ビタミン・ミネラルをバランス良く摂るには清浄なケールを使うべきだ」 この信条の元、良質で清浄な青汁を作るために、農薬未使用のケール100%である元祖の青汁が誕生しました。

やはりマズイ青汁は不評だった

ご存知の通りケールといえば、あの独特な苦みとえぐみ、青臭さで有名です。
当時のまだまだ食料が流通していない世の中でもなかなか広まらず、九州地方でしか飲まれていないという状況が続いていました。
栄養価の高さから小学校の給食に摂り入れられたり、病院食として使われたりもしていたのですが思い通りにはいきません。
その健康効果を知っている人には飲まれていたものの、西日本に留まっており、全国に普及するのにはもっと人に知ってもらう必要がありました。

CMで一躍有名になった青汁

「不味い!もう1杯」で有名なCMをご存知の方も多いのではないでしょうか。
あの青汁の創始者は遠藤博士から青汁の原料やケールの種、青汁製造の志を譲り受けているといいます。
あのCMにより一気に世の中に広まった青汁は、そのまずさと健康効果を実感してみたいとどんどん売れたのです。
興味本位で飲んでみると体の調子が良くなったという話が広がることで愛飲者は増えていきました。
こうして人々が健康になっていったと考えると、遠藤博士の長年の想いがやっと実現したと言えるでしょう。
今では多くの人が飲みやすいように大麦若葉や桑の葉など、ケールとは違う青汁原料も使用されるようになりました。
誕生のきっかけは食糧不足による飢えをしのぐための栄養補給だったのが、現在では野菜不足解消や生活習慣病の予防、便秘改善、ダイエットやアンチエイジングのため、など様々な目的のために青汁が飲まれています。
日本が平和になって食糧不足が解消された現代でも、青汁が人々に必要とされていることは素晴らしいことです。
遠藤博士は青汁のおかげなのか97歳まで長生きされました。
1997年に生涯を終えるまで自宅の庭にある無農薬菜園で青汁を作り続けたと言います。
青汁の名前の由来を知るためには「遠藤仁郎」を語らずにはいられません。
普段ケールの青汁を避けている方も、1杯だけ飲みたくなったのではないでしょうか。

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